性交直後の服用で妊娠を防ぐ「緊急避妊薬(アフターピル)」について、医師の処方箋がなくても薬局で購入できるようにする方針を政府が固めたことが話題になっています。
今回は、この「緊急避妊薬」の問題について、考えたことをまとめておきます。
緊急避妊薬(アフターピル)
避妊に失敗した時や性被害にあった時、72時間(3日)以内に服用することで、約85%の確率で妊娠を防ぐことができる薬を、緊急避妊薬(通称アフターピル、緊急避妊ピル)といいます。
緊急避妊薬は、性交からできるだけ早く服用することが効果的です。
妊娠は、排卵した卵子に精子がたどり着いて受精することで始まります。
緊急避妊薬(アフターピル)は、排卵を止めて卵子を出さないことで、性交後の授精を防ぐ効果があります。緊急避妊薬で妊娠が阻止できる確率は85%程度で、100%妊娠を防ぐことができるわけではありません。
妊娠阻止率は、性交の24時間以内の服用が最も高く、時間がたつにつれ効果が薄れるといわれています。
つまり避妊失敗や性被害のあと、できるだけ早く服用することで効果が高まる薬です。
日本での緊急避妊薬の入手方法
現在日本では、市販で売っている緊急避妊薬はありません。医師の処方を受け、つまり産婦人科などで診察を受けてから処方される薬になります。
医師の処方が必要であるにもかかわらず、保険適用もないので薬代は高額で6,000円から2万円ほどかかります。ここに医師の診察代もかかります。
一方海外では、約90か国で医師の処方なしに薬局などで購入できます。値段も、安いところでは数百円で入手できます。
緊急避妊薬は、日本と外国で薬の手に入れやすさに違いがある薬の一つです。
この薬について、政府が、医師の処方箋がなくても薬局で購入できるようにする方針を固めたので、ニュースになりました。
根強い反対意見
この政府の方針に対し、日本産婦人科学会は反対意見を述べました。
その理由は
・緊急避妊薬(ホルモン剤)の基本的な理解が必要
・(低年齢に対する)性教育がされていない中でどんな時でも薬局で薬が買えるというのはダメ
・産婦人科に行けば手に入るのになぜ産婦人科に来ないのか分からない
というところが主なポイントです。
世間の反対意見も、低年齢層(中学生高校生)の安易な性交渉に拍車がかかる、というのが、大きな理由のようです。
要するに、避妊しなくても妊娠しないようにできる薬があれば安易に性交渉をするようになるでしょう、ということです。
では、本当に低年齢層のみで安易な性交渉が行われているのでしょうか。少しデータを調べてみました。
人工妊娠中絶件数
少し古いデータなのですが、平成27年の人工妊娠中絶の件数と中絶時の女性の年齢がありました。平成27年の中絶件数は168,015件で、年齢別件数は以下のとおりです。
年齢 |
件数 |
全件数に占める割合 |
20歳未満 |
14,666件 |
8.7% |
20~24歳 |
38,561件 |
23.0% |
25~29歳 |
33,050件 |
19.7% |
30~34歳 |
34,256件 |
20.4% |
35~39歳 |
30,307件 |
18.3% |
40~44歳 |
15,782件 |
9.4% |
45~49歳 |
1,352件 |
0.8% |
50歳以上 |
14件 |
0.01%未満 |
不詳 |
27件 |
0.01%未満 |
データによれば、いわゆる低年齢層である10代の人工妊娠中絶件数は中絶全体の8.7%です。20代前半(~24歳)まで加えても、中絶全体の31.7%です。
一方、35歳以上の人工妊娠中絶は、全体の27.7%になっています。
35歳以降に、つまり高齢で妊娠するのは、20代前半までと比べてかなり困難になります。
排卵期(いわゆる妊娠しやすい期間)における1度の性交渉で妊娠する確率は、20代前半では50%なのに対し、35歳では20%つまり半分以下に減り、40代になると5%以下にまで下がります。
しかし上の通り、中絶件数は、20代前半までと、35歳以上で4%しか差がありません。
これはどういうことでしょうか。
データが示すこと
このデータから判断できるのは、20代前半までの若年層ばかりが、望まない妊娠をしているわけではないということです。
人工妊娠中絶の件数には、胎児の異常が見つかりやむを得ず中絶するという場合も含まれますが(そしてこの胎児異常の可能性は、妊婦の年齢が上がるほど高くなりますが)、
世代を問わず多くの中絶は、望まない妊娠による中絶です。
つまり、中絶件数を「安易な性交渉で妊娠して中絶した件数」ととらえると、20代前半でも35歳以上でもそれほど変わらない件数が存在するということを意味しています。
15歳から24歳までの女性の総人数より、35歳から44歳までの女性の総人数のほうが多ので、同世代の中で中絶を行う人の割合を考えると、20代前半のほうが割合は高くなります。
しかし、妊娠のしにくさを考えると、35歳以上の妊娠は、20代前半の妊娠より2倍以上難しいわけですから、一概に20代前半の若年層は安易な性交渉が多く、35歳以上は安易な性交渉が少ないとは言えません。
なお、望まない妊娠の内情は、20代前半までと35歳以上で大きく異なるでしょう。
完全に個人的な予想ですが、20代前半は結婚するつもりのない男女の避妊の失敗からの妊娠の中絶が多く、35歳以上については既婚ですでに出産経験のある女性の「もう一人子どもを産むかどうか」の選択による中絶が多いと思っています。
どちらにせよ、現状では、35歳以上でも、20代前半と同じくらいの人工妊娠中絶があるわけですから、緊急避妊薬が手に入りやすくなると、低年齢層だけがそれを使うということになるのはあり得ず、35歳以上の人も販売拡大の恩恵を受けることになります。
したがって、緊急避妊薬(アフターピル)の販売拡大で「低年齢層(中高生)の安易な性交渉に拍車がかかる」というのは、誤りではないかと思うのです。
妊娠を望まないのに避妊を行わない性交渉は、どの世代でも行われています。
私見
私は、緊急避妊薬(アフターピル)の問題は、女性の自己決定権の問題だと考えています。
20代前半であれ35歳以上であれ、子どもを産むのか、何人子どもを産むのか、はたまた産まないのかを選ぶことは、女性の自己決定の最たるものです。
女性は、何歳であっても、子どもが欲しい時と欲しくない時はあるでしょう。
安易な気持ちではなく、この人なら大丈夫と思って、信頼して身をゆだねた彼氏でも、避妊に失敗したり、避妊してくれなかったということだってあるでしょう。
夫から求められて応じたけれども、よく考えたらかなり妊娠しそうなタイミングだった、でもこれ以上は子どもを育てるのは難しいと、思うことだってあります。
「若年層の安易な性交渉が増えるかも」という根拠も不確かな意見で、100人女性がいれば100通りの思いがあるような、子どもをつくるかどうかという究極の自己決定の機会を、無視する資格は女性にも男性にも誰にもないと思うのです。
産婦人科学会の意見について思うこと。
産婦人科医というのは、赤ちゃんを安全に産ませることを仕事にしている人たちです。
小さい命が生まれる尊さやすばらしさを感じ、それにやりがいを感じて、厳しい労働環境で頑張っておられる医師の方々です。
ですので、産婦人科医は、妊娠後の赤ちゃんの命や、妊婦の身体を大切にしています。
中絶手術を喜んでする産婦人科医はいませんし、妊娠する前の女性の身体だって大切に思っておられるでしょう。10代の若いうちに性交渉を重ねて、未熟な身体に負担をかけることを懸念する気持ちはあるでしょう。
したがって、産婦人科医の方々が、薬を飲んだ女性の身体に出る副作用の危険を考慮せず、薬へのアクセスだけを良くしてしまうという方針に反対する気持ちは分かります。
(緊急避妊薬の処方のための診療報酬のことのみを考えて、今回の緊急避妊薬の販売方法の拡大に反対している産婦人科医はいないと思っています。)
産婦人科医が、女性の身体を案じて反対するのは、子どもを産むことを100%肯定的なものと考える産婦人科医という仕事の性質上、仕方のないことです。
ただそこには、女性の「今は産めない」という思う気持ちへの寄り添いが足りないように私は思うのです。
「病院に来れば処方するのに」という意見も、女性への寄り添いがありません。
出産経験のない女性にとって、産婦人科のハードルはとてつもなく高いです。気軽に行けるような場所ではありませんし、強制的だったり不本意な性交渉を、初対面の医師に説明するのはすごく勇気のいることです。
だからぜひ、この問題を議論するときは、子どもを産むことを100%肯定する立場の職種(産婦人科医や助産師)だけでなく、当事者である女性や、望まない妊娠で生まれて虐げられている子を守る福祉の立場の方、子どもを望まない男性など、多様な視点を持つ立場の方を議論に加えるべきだと思います。
まとめ
緊急避妊薬(アフターピル)は、早く服用すればするほど、効果を得られる可能性が高まります。
診療時間が決まっており、最近は午前診療しか行わない産婦人科も増えてきている中、「病院に来た場合にのみ処方できる」というのは、早く服用して避妊の確立を高めるという緊急避妊薬の目的に反しています。
安易な性交渉の防止は、薬へのアクセス方法を制限することで行うのではなく、教育と啓発で行うべきです。
そして教育と啓発こそ、産婦人科医の方々がその経験と知見を発揮する最大の機会だと私は思います。
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www.workingmother-rikumiler.com
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